一室のソファに座りながら、男は目の前のテーブルに置いてある物を見て、ほくそ笑む。

 完璧だ。彼らはきっと、気づいていないだろう。
 厳密に計画したんだ、失敗するはずがない。

男は未だ笑いをかみ殺しながら、テーブルの上にある物をどう処理しようか考えていた。


しかし、彼は気づいていなかった。
ドアの向こう側に彼の行った事を聞き入っていた人物がいた事に・・・




名探偵アニ―
 ヴェイグへの愛




「ない・・・アレがない!」

宿屋で声を上げているのは、ティトレイでもマオでもなく・・・ヴェイグでした。

「アレ!俺のアレが!!」
「お、おいヴェイグ。一体、何があったってんだ?」

フォルスを暴走しかねないヴェイグにティトレイが話し掛けました。
ですが、ヴェイグは慌てて部屋の中で何かを探し回っています。
仕方なく、アニ―は彼女のフォルスの力で冷静さを取り戻そうと考えました。
しかし、彼の頭上に雨を降らそうにも動き回っていて、なかなか出来ません。

「ティトレイ、押さえ込むぞ。」

ユージーンとティトレイはなんとかヴェイグを押さえ込むことに成功しました。
そして、アニ―の雨にうたれ、やっと部屋の中が静まりました。


「一体、どうしたんですか?」
「アレが・・・アレがないんだ。」


話を聞こうにも、何を言っているのか理解できません。
他の仲間も困った顔をしています。


「アレって・・・アレなの?」


ヴェイグの幼馴染であるクレアには話が通じているみたいです。
アニ―はすかさず彼女に質問をしました。


「あ、あの、クレアさん。『アレ』ってのは、なんなんですか?」
「え?1つしか心あたりがないんだけど。みんなは知らないの?」
「だから、何なのさ、『アレ』って!すっごく、気になるんですけど。」


マオが返答を急かしました。
すると、クレアからヴェイグの意外な一面を聞く事になりました。


「包丁のことよ。」
「・・・包丁?そんなの、また買えばいいじゃねぇか。」

皆を代表して、ティトレイが答えます。
クレアは苦笑いしながら続けました。



「ただの包丁ではないんです。
 ポプラおばさんから贈ってもらった、ピーチパイ専用の包丁なんです。」



「それじゃあ、誰かが盗んだってわけではなさそうだネ。」
「だろうな。そのような物好きがいるとは思えない。」
「専用か。俺も専用の包丁とかやってみようかな。」
「何馬鹿なこと言ってるのよ。そんな面倒な事しないで。」


マオ、ユージーン、ティトレイ、ヒルダの順でしゃべりました。
そんな中、アニ―だけはヴェイグの心配をし、彼にしゃべりかけました。


「ヴェイグさん、本当に無くしただけじゃないんですか?」
「そんなはずはない。ちゃんと寝る前に、荷物に入っていたのを確認した。」
「昔からの習慣だもの、本当のこと言ってるんじゃないかな。」


包丁の管理を子供の頃からやっているのは可笑しいのでは、と思う仲間でした。


「そういえば、夜中に物音がした気がするけど。」
「マオ。お前は寝ているはずの夜中に何をやっていたんだ?」
「べ、別に何もしてないよ。それより、ユージーンは気配とか気づかなかった?」
「俺は何も気づかなかったぜ。」
「それは、ティトレイがぐーすか寝てたからでしょ。」
「まぁ、気配ならかすかに感じたが・・・匂いがヒルダだったんで、特に気にしなかったな。」
「私?なんで、私がわざわざ夜中に男の部屋に入らないといけないのよ。」


なんだか話がゴチャゴチャしてきました。
アニ―は仕方なく、話を整理させようと思いました。

「ヒルダさんは、昨日ずっと私とクレアさんと一緒に寝てたんですよね?」
「ええ、そうよ。」
「でもユージーンは、ヒルダさんが夜中に部屋に入ってきたと思ったんですよね?」
「ああ。匂いからして、間違いない。」
「ヒルダさん、本当に部屋に行ってないんですか?」
「もしかして夜這いにでも来たんじゃないの?」
「ぶつよ。」

ヒルダがマオにタロットを構えるので、話が折れてしまいます。
仮にそうだとしても、それならば包丁を盗む必要はないでしょう。

話がなかなか解決しない事から、ようやく『迷探偵』の頭が回転したようです。

「なんだよ、もしかして、本当に誰かに盗まれたのか?」
「一体、誰が・・・。俺の包丁・・・包丁を!」


だけど、ティトレイの発言は傷ついたヴェイグに深く胸に刺さったようで、
またもや暴走しそうになるのを止めました。


「ヒルダさんが部屋には行っていないのに、
 部屋に入ってきた人はヒルダさんの匂いがした・・・
 ということは、誰かがユージーンに正体を暴かれないように、
 ヒルダさんの匂いをまとったのでは?」


そういえばガジュマは特別鼻が敏感ではなかったような気がするアニ―ですが、
とりあえず可能性のある答えを言ってみました。

「私の匂いっていっても・・・匂いが染み付いてるような物はもってないわよ。」
「昔の服とかはどうだ?」

もう1人の『迷探偵』も冷静を完全に取り戻し、調査に加わりました。

「そんなの、トーマがとっくの昔に捨てたはずよ。」
「捨ててなかったら、ヒルダさんの匂いが残ってる物があったってことですね。」
「えー!知らなかった、トーマってそんな趣味があった人だったなんて。」
「怖いな、そりゃ。ロリコン疑惑か!?」
「だが、そんなの俺がまだ王の盾に居た時になかったはずだ。」
「ヒルダがいた事すら知らなかったのなら、この事が真実である可能性はある。」
「隠し持ってたんじゃないの?『ハーフが可愛いなんて思ってる事がばれたら、馬鹿にされる』てさ。」
「止めてよ、マオ。絶対に嫌よ、あいつが私の昔の服を持っているのを想像するのは。」

ですが、仮にトーマがロリコンでヒルダの服を隠し持っていたとしても、
誰がその服を使ってヴェイグの包丁を盗みに来たのかが特定できません。
一般兵士でも勇気を出せば、トーマのコレクションを盗む事ができます。
あまりにも範囲が広すぎて、アニ―は困り果ててしまいました。


「あ、よかった。みなさん、まだ町に残っていたんですね。」


推理に行き詰まったアニ―に話し掛けたのは、キュリアの助手ミーシャでした。
彼は手に何やら箱を持っていました。

「実は、さっきこれがヴェイグさんに届いたんです。」
「俺に?」

ヴェイグが恐る恐る箱を開けてみると、
なんとそこには新品の包丁が入っていました。

                           トリプルピー
「こ、これは・・・ピーチパイ用包丁の最新型、PPP!」
「よく理解できないんですけど。とりあえず、ヴェイグが元々持っていた包丁とは違うみたいだネ。」
「ふむ。手紙が一緒に入っているようだ。」

感動しているヴェイグをそっちのけで、皆は手紙を覗き込みました。



『お前の包丁は頂いた。だが、それではお前が落ち込むと思い、
 新しい包丁を用意した。大切にしてくれると嬉しい。』



「誰だか分かんねぇけど、よかったな、ヴェイグ!」
「ああ・・・思い出の包丁が無くなったのは残念だが、大切に扱ってくれそうだ。」
「結局犯人は分からないままかぁ。」
「ごめんなさい、ヴェイグさん。お役に立てなくて。」
「いや。俺こそすまない。今日を無駄に過ごさせてしまった。」
「気にしなくて良いよ、ヴェイグ!結構楽しかったしネ。」
「そうそう、お前が慌てる姿をクレアの事以外で見れたのは貴重だな!」


また普段の生活に戻りつつあるアニ―達を2人は黙って見ていました。

「ヒルダ。何故会話に参加しない。」
「あの手紙・・・見たことあるのよ。」
「書いてあった字をか?」
「ええ。あの子と同じなの―――ミリッツァと。」





「ない・・・ないぞ!」

テーブルの上に置いてあったはずの物がなくなり、男はうろたえた。

「わざわざトーマの部屋に忍び込んでまでして、盗ってきたのに!」

前髪をかきあげながら、彼が部屋から出て行った数分の間に何があったのかを考え始めた。


「僕のコレクションを盗むなんて、犯人はよっぽどの命知らずだね。」


不敵な笑いをしながら、彼は再び部屋を出て行った・・・





―あとがき―
「名探偵」は名だけだったり。
何故ミリッツァが出てきたんだろうと自分でも思います。
良いや、自己満足(ぉぃ)ヴェイグがうろたえる姿書きたかったんです。
んで、うろたえる事=大切なもの=好きなもの=ピーチパイ関連。
だけど、ピーチパイは食べる専門だろうから、切るための包丁で。
<2005.03.31>

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