「ミルクだ。」

 「たまには紅茶でもいいでしょ。」

 「俺はミルクがいいんだ。」


二人が言い争う間にピーチパイはどんどん冷めていく。







痴話喧嘩









ヴェイグの為に学んだピーチパイ作り。
もう何度目になるであろう恒例なおやつをヒルダはテーブルに置いた。


あとは、ヴェイグが匂いをかいで帰ってくるのを待つだけだ。
その間に、ヒルダは飲み物の用意をする。


紅茶のための湯を沸かしている間、紅茶の葉を取り出すべく上の戸棚に手を伸ばす。
すると、横から手袋を外した手が現れた。

 「他に何かすることはないか?」

 「大丈夫よ、ありがとう。」


意外にも来るのが早かったわね、と心の中で思いながらも作業を続ける。
ヴェイグはイスに座り、ヒルダの邪魔にならないようにした。


 「あら。」

 「どうした?」

 「ミルクが、これだけしかないの。」


再び立ち上がり、彼女の持っていたミルクのパックを手に取ってみる。
軽さからいって、コップ半分がやっとの量だろう。

 「今日は気分転換に紅茶でも飲んだら?」

今から買いに行くと、帰りが随分と遅くなってしまう。
そう思い、彼女はヴェイグをなだめようとした。
だが、彼はそうもいかないようだ。


 「駄目だ。ピーチパイには絶対にミルクがいい。」

 「絶対に、て・・・子供じゃないんだから、我慢してよ。」

 「ミルクが欲しい。」

 「だったら、買いに行けば?」

 「そうしたら、パイが冷めて不味くなる。」


駄々をこね始めたヴェイグにヒルダは困り果てた。
滅多に言わない我侭だからこそ、聞いてやりたいのは山々だ。
しかし、今ミルクを用意できないのだから、何もできない。


 「今日は紅茶で我慢してよ。また明日、作ってあげるから。」

 「今日もミルクがいいんだ。」

 「いい加減にしなさい。今日くらい、紅茶でいいでしょ?」

 「ミルクがいい。」


これでは、きりがない。
あまりの子供っぽい行動にヒルダが切れた。


 「紅茶よ、紅茶!ミルクたっぷりの紅茶を飲んでなさい!」

 「俺はミルクがいいんだ!ミルクティーなんて、『混ざりもの』はいらない!」


『混ざりもの』。
思わず言ってしまった言葉に双方が固まってしまった。


 「そう。『混ざりもの』はいらないの。」


低い声で呟かれ、ヴェイグは焦った。
しかし、口下手な彼は上手い言葉が浮かばず、口をパクパク動かすことすらできない。


 「だったら、出て行くわよ。さようなら。」


ヒルダは静かに告げて、そのまま部屋を飛び出していった。
ヴェイグは慌てて彼女の腕を掴むが、逃げようとする。
仕方なく、自分の腕の中に閉じ込めて、押さえ込もうとした。


 「離してよ。混ざりものなんて、いらないんでしょ。」

 「ああ。」

 「だったら、私も必要ないじゃない。」

 「ヒルダは混ざりものなんかじゃない。俺と同じヒトだろう?」

 「他の人たちはそうは思わないわ。」

 「俺とお前が気にしなければいいことだ。」

 「他人のことは気にするな、って言いたいの?」

 「ああ。」


訳がわからない、と小さく言葉をもらした。
それでも落ち着いたのかヴェイグの背中に手を回す。


 「ピーチパイ、すっかり冷めちゃったわね。」

 「また明日作ってくれるんだろう?」

 「・・・そうね。」






明日はピーチパイをミルクと一緒に。











 ―あとがき―
ヴェイヒルの喧嘩って意外と難しいですよ、奥さん!(あんた、誰?)
そんなわけで、ヴェイグが喧嘩しそうな内容で。笑
私、ミルクは嫌いだけど、パイにはミルク派です。
<2005.06.30>

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