夢のある未来
〜父さんと初めての稽古〜
いつもみたいに家の前で剣を一生懸命振る。
今日みたいに、アイツがいない時じゃないと剣は触れないからね。
美味しそうなピーチパイの匂いがしたって、構うもんか。
俺は、絶対に強くなって、ウーシュを守れる男になってやるんだ。
その為だったら、おやつを食べないでも、稽古してやる。
だけど、俺の邪魔をするヤツが現れた。
正確には、帰ってきた、と言ったほうがいいかもしれない。
できれば伝えたくはないけど、そんなことしたらウーシュに嫌われる。
仕方ないから、開いてる玄関から居間にいるだろう妹に叫んだ。
「父さんが帰ってきたよ、ウーシュ!」
すると、10秒もかからずに飛び出てきたウーシュは、俺の後ろにたどり着いた父さんに抱きつく。
・・・面白くない。
「おかえり、お父さん!」
「ああ。元気か?」
「お父さんが帰ってきたから、元気!」
可愛いこと言うなぁ、本当に。
妹じゃなかったら、絶対に俺、告白してたよ。
それでも、幸せそうに抱かれてるウーシュを見ると、苛々してくる。
父さん一人、ウーシュを独占するなんて・・・ずるい。
妬ましく父さんをにらんでやると、何を勘違いしたのか俺も一緒に抱きかかえた。
どうやら、俺の『ウーシュを独り占めするな、ばかやろう』な目線は
『いいなぁ、ウーシュだけ抱っこされて』と判断されたらしい。
自惚れも程々にしてほしい。
抵抗するべく暴れてみるけど、父さんはビクともしなくて。
そんな父さんに対して、ウーシュが尊敬のまなざしで見つめる。
・・・絶対に強くなってみせるんだ、父さんよりも。
「あら、今回はやけに手間がかかったのね。」
俺の大好きなピーチパイの匂いに包まれた居間。
そこで、母さんが父さんを迎えた。
父さんは俺達を降ろすと、すぐさま母さんに抱きつく。
あーあ、あれが始まるとしばらく動かないんだよ。
辛うじてテーブルの上には、ピーチパイを食べる準備ができてたから、先に手をつける。
もちろん、ウーシュに飲み物を用意してから。
父さんも大好きなピーチパイを俺が全部食べてやる。
あ、だけど母さんの分はちゃんと残さなきゃ。
「そういえば、今日はティトレイが寄ってくるらしいわ。」
ティトレイさんが来るのか。
じゃあ、あのヒトの分も残しておこう。
「またか?」
なんで、父さんはそんなに嫌そうな顔をするんだろう。
俺はティトレイさん好きだけどな。
まぁ・・・なんで、あんな明るくて格好良いヒトが父さんの友達か不思議ではあるけど。
「最近、トラウムは彼にボウガンの扱い方を学んでるみたいよ。」
「ボウガン?ユージーンに槍を教えてもらってたんじゃないのか?」
「もう教わったよ。あんなの、半日でわかっちゃった。」
「すごいね、お兄ちゃん。すごーい!」
明らかにウーシュは何がすごいのかを分かっていないんだろうけど、
それでも大好きな妹に褒められるのは嬉しかった。
隣でクッキーを食べているウーシュの為に、早くおやつを食べる俺。
そして、本当に母さんとティトレイさんの分以外は食い尽くした俺を父さんは睨んでくる。
眉間に皺をよせるほど、怒らないでもいいじゃん・・・
母さんは笑いをこらえながら、まだ今作っているから待ってなさい、と告げる。
なんだ、まだあったのか、ピーチパイ。
ウーシュに声をかけて、この場を離れようとしたら、玄関に誰かが来た。
きっと、ティトレイさんだ。
「ティトレイさん、こんにちは!」
「おぉ、トラウム。お前、相変わらず元気そうだなー。」
「何言ってんの、ティトレイさん。一週間前も来たでしょ?」
「そうだったな。」
豪快に笑うティトレイさんに頭を撫でられて、俺は居間へと案内する。
露骨に嫌そうな顔をする父さんを無視して、ティトレイさんとの会話を楽しんだ。
「今日もボウガンの使い方、教えてね。ティトレイさん。」
「そりゃあ、構わねぇけど。もう俺が教えることなんて、ないんじゃねーか?」
「まだ、試してみたいことがあるんだよ。」
「そうか・・・そういや、トラウム。剣の方はどうなんだ?」
突然、何を言い出すんだろう、ティトレイさんは。
そりゃ・・・実を言うと、剣の使い方は分かっていない。
だけど、父さんに教わるのは嫌で。
唯一、可能性があるのはミルハウストさんに教わること。
忙しくてなかなか遊びに来れないから、聞けてないけど。
「まだ特訓中だよ。」
「だったら、ヴェイグに教えてもらえよ。な?」
ティトレイさんに言われちゃ、しょうがない。
俺は父さんと一緒に普段使ってる剣を持って外へ出た。
口数が少ない父さんが、一体どうやって教えるんだろう。
興味はあったけど、父さんと極力近寄りたくない俺は、これも早く終わってほしいと願った。
「俺を攻撃してこい。」
・・・はい?
俺に剣を教えるんじゃないのか、こいつ?
はっきり言って、俺の剣の持ち方はあってるのかも分からないのに。
だけど、黙って俺が来るのを待ち構えているのを見て腹がたってくる。
なんで、そんなに余裕こいてるのかが、気に食わない。
ちくしょう。こうなったら、コテンパンにしてやる!
「ぁああぁぁ!」
気合を入れて突進したはずなのに、何もあたらずに俺はこけた。
攻撃をかわされたんだ。
「それだとダメだ。誰にも当たらない。」
冷たく放たれた言葉にムカついて、また父さんに向かっていくけど、
父さんは足を動かすだけで、全くあたらない。
「扱い方も教えないで、戦わせるなんて、卑怯だ!」
「知らなかったのか?だったら、教える。」
こっちは息がきれて、しゃべりにくかったのに。
あっさりと返事をされると、拍子抜ける。
『知らなかったのか?』て、あたかも俺が知っていて当然だと思ってたのか。
さすが、剣の稽古をつけることができるせいか、教えるのも上手かった。
確かに口数は少なかったけど、そのせいか的確に用件だけ伝える。
気づけば、剣を簡単に扱えるようになった。
『お前の才能だ』と言われて、あまり悪い気はしなかった。
また父さんと稽古してもいいかな、なんて思ったりもした。
前言撤回。
せっかく、俺は父さんに対して心を開こうとしたのに、
次の日のピーチパイは俺が見る前に、父さんによって全部食べられていた。
絶対に父さんより強くなって、恨みを晴らしてやる。
―あとがき―
ティトレイを「おじさん」とは言わせたくなかった。
<2005.07.14>
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